大阪高等裁判所 昭和58年(行コ)9号 判決 1984年6月29日
控訴人
株式会社ピーエル農場
右代表者
田端一雄
右訴訟代理人
八代紀彦
藤井勲
被控訴人
冨田林税務署長
北居俊夫
右指定代理人
澤田英雄
外三名
主文
1 原判決を取消す。
2 被控訴人が、控訴人の昭和四五年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分の法人税について、昭和四九年二月二八日付でした更正処分、及び過少申告加算税決定処分を取消す。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一法人税の申告と更正処分等
控訴人が、その昭和四五年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下、本件事業年度という)の法人税について、所得金額及び税額とも〇円とする確定申告をしたこと、被控訴人は昭和四九年二月二八日付で、控訴人の本件事業年度の法人税について所得金額を三億三〇〇六万四八一二円、法人税額を一億二一〇三万六〇〇〇円とする更正処分、及び過少申告加算税六〇五万一八〇〇円の決定処分をしたこと、これらの内容は原判決別紙1のとおりであること、以上の事実は当事者間に争いがない。
二課税の根拠事実の確定
次の4の事実は当事者間に争いがなく、1、2、3、5の事実は<証拠>により認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。
1 、ミキ観光株式会社、控訴人、株式会社フードサプライはいずれもその株主、役員の一部を同じくし、ピーエル教団が実質上支配している会社であつた。右三会社の昭和四五年三月当時の代表取締役は板垣欽一郎であつたが、同人は右三会社の経営の全てを御木道正と植村恒吉に委ねていた。
2 昭和四五年三月三一日の時点における本件土地の時価(何らの制限物権、負担もなく、売買に当り特別の約定もない場合の価額)は、六億〇一八八万〇八九〇円(坪当り三〇〇〇円)であつた。
3 御木道正と植村恒吉とは、本件土地の価額が右のとおり高価であることを知り、これをミキ観光株式会社から控訴人へ、次いで株式会社フードサプライへ、次いで近畿日本鉄道株式会社へ、順次に高価に売却することを計画した。その目的は、ミキ観光株式会社、控訴人、株式会社フードサプライがいくらかずつ譲渡益を得ることにより、ミキ観光株式会社のみならず、他の二社についても繰越欠損金を消滅させること、ミキ観光株式会社が近畿日本鉄道株式会社に時価で直接本件土地を売却した場合に納付すべき法人税額に比して、同会社が納付すべき法人税額のみならず、右三会社全体が納付すべき法人税額をも減少させて、全体としての法人税納付を回避することの二点にあつた。
4 控訴人は、昭和四五年三月三一日、ミキ観光株式会社からその所有の本件土地を、一億七三四八万八五三五円(坪当り八六九円)で買受け、直ちにこれを株式会社フードサプライに、二億二六二二万四三九五円で売却した。なお株式会社フードサプライは同年九月近畿日本鉄道株式会社に対し本件土地の一部を売却した。
5 右4の売買は右の3の目的に出たものであるから、順次売買されることが条件であつて、控訴人にとつては、ミキ観光株式会社から本件土地を買受けたのち、これを直ちに右4の価額で株式会社フードサプライに売却することが、ミキ観光株式会社との売買契約の一内容となつていた。仮に、控訴人が右転売約束を承諾しなければ、控訴人は本件土地を買受けることができないものであつた。
三控訴人の本件土地の買受にともなう収益と原価
右二認定の事実によれば、控訴人は本件土地の買受によつて、転売を拘束された価額二億二六二二万四三九五円相当額の収益を得、同時に買受価額一億七三四八万八五三五円相当額の原価を要したが、収益の額は右を上廻るものではないというべきである。
被控訴人は、時価六億〇一八八万〇八九〇円と右買受価額との差額四億二八三九万二三五五円が、控訴人がミキ観光株式会社より実質的に贈与を受けた額(法人税法三七条六項)であると主張する。しかし、右にいう時価は何の特約もない場合の時価であるところ、右主張は右売買契約に前記のような転売特約があることを無視しているから、採用することはできない(なお、控訴人の買受にともなう法人税法上の取扱は、同法三七条六項の問題ではなく、二二条二項の問題である)。
法人税法二二条二項の収益の額を判断するに当つて、その収益が契約によつて生じているときは、法に特別の規定がない限り、その契約の全内容、つまり特約をも含めた全契約内容に従つて収益の額を定めるべきものである。もし、契約のうち、民法等に定めのない特別の約定の部分を全て省いて収益の額を判断するというのでは、実質的には収益がないのに課税が行われ、あるいは実質的には収益があるのに課税が行えないという不合理が生ずるであろう。例えば、二〇年の期間に亘り駐車場として使用する目的で賃貸されている土地についての売買契約に際し、買受人は対抗力のない右賃貸借を承認し、転売のときには転買人に同様の承認をさせる義務を負う旨の特約をし、その交換条件として、売買価額を右のような特約のない更地としての時価より低い価額を定めたときは、買受人の右売買による収益の額は、右賃貸借を承認せねばならないことを前提として算出した土地の時価となるべきことは明らかである。
行政通達においても、販売業者等が製造業者等から広告宣伝用品を安価で譲受けた際には、法人税法上は、その低額譲受による受贈益を軽減して算出するか、受贈益がないものとしている(昭和四四年五月一日付国税庁長官直審(法)二五号法人税基本通達四―三―一)が、このことは、広告宣伝用品は、その商品等の宣伝の目的で用いねばならず、他に転売することを制限する特約があることが多いところ、このような自由な転売を制限する特約は、収益の額を算定する上で考慮すべきものとしたと解される。本件においても時価による自由な転売を制限する特約がなされている点で、右通達の挙げる事例と共通している。また、贈与税に関するものではあるが、負担付贈与の場合の贈与税の課税価額は、負担がないとした場合における贈与財産の価額ではなく、それから負担額を控除した価額によるとしている(昭和三四年一月二八日付国税庁長官直資一〇号相続税基本通達二一―二―四)が、このことは贈与税の受贈額を判断するに当り、その特約、つまり負担を考慮に入れるべきこととしていると解される。
被控訴人は、右の転売特約は、租税回避の目的で、恣意的に定められた価額で、関連会社間の内部的取決めにより行われたものであるから、これを認めると租税回避が意のままとなつて著しく不合理であると主張する。
しかしながら、租税回避の目的で行われた取引行為であつても、どの限度でこれを否認できるかは、法の明文の規定、租税法の一般原則や解釈に従つて行われるべきもので、租税回避行為であるだけの理由でその効果を全て否定できるものではない。本件で問題となる法人税法二二条二項は一般的には前記のように解されるところ、本件において別異に解すべき理由は見出すことはできない。なお付言すると、租税回避を計つたのはミキ観光株式会社であるが、控訴人は本件土地の買受、売却を行つたことにより自らの法人税額が減少する訳のものではないから、右売買に際し自らの法人税を回避する目的があつたとすることはできない。控訴人にとつては、前記転売特約の受入れを拒否して買受ができないこととなるよりは、右転売特約を承諾して五〇〇〇万円余の転売利益を得ることを選ぶことの方が、経済人としては合理的な行動であると評価できる。もつとも、控訴人は、ミキ観光株式会社の租税回避目的の行動を幇助したとの側面があることは否定できないが、ミキ観光株式会社はその目的は有していても、その目的を達することは法律上不可能であることは次に判断のとおりである。
右のように解したとしても、ミキ観光株式会社は、控訴人と株式会社フードサプライの両者に対して、あわせると、何の特約も存しないときの本件不動産の時価と、控訴人への売却価額との差額を贈与したものとされ、その差額部分は損金の額に算入されない(法人税法三七条六項)ことになるから、被控訴人の主張のように租税回避が意のままになるということはできない(本件においても、ミキ観光株式会社の租税回避的行為は同法三七条六項の適用により否認されている)。法人税法は原則として現実に行われた経済取引に応じて課税する方針をとつているが、これでは不合理な対価による取引を恣意的に行うことにより租税を回避することが行われるので、そのような不合理な対価による取引が行われたときでも、合理的な対価による取引が行われた場合におけると同様の、又はそれに近い税収を確保する目的で同法三七条が立法されたものと解されるが、被控訴人の主張は同法三七条の解釈により、合理的な対価による取引が行われた場合以上の税収を得ることができるとするものであつて、同条の解釈の範囲を超えている。
四控訴人の本件土地の売却にともなう収益と原価
前記二認定の事実によれば、控訴人の本件土地の売却にともなう収益、原価はいずれも二億二六二二万四三九五円であつて、売却差益は存しないと解される。
被控訴人は、本件土地の前記時価と株式会社フードサプライへの売却額との差額は、控訴人が同会社に実質的に贈与したものであると主張する。しかしながら、控訴人が本件土地について有していた利益、価値は前記のとおり二億二六二二万四三九五円にすぎなかつたから、控訴人はこれを超える額の利益を他に贈与により与えることができる筈はない。もつとも、株式会社フードサプライは本件土地を取得し、右額を超える利益を得ているものであるが、その超える部分の利益は控訴人から与えられたと評価することはできず、ミキ観光株式会社からその転売特約により与えられたものと評価すべきである。
低額譲渡があつた場合には、その差額部分にも収益があり、それが譲受人に実質的に贈与されたものとする法人税法二二条二項、三七条六項は、譲渡人が譲渡価額よりもより高価に譲渡できるのに、経済人としては不合理にも、それよりも低額に譲渡した場合に適用されるのであつて、譲渡価額よりも高額に譲渡できる利益、権利、地位を有していなかつたときは、より高額に譲渡しなかつたからといつて、自己の有していたところを不当にも低く譲渡したとして同法三七条六項を適用することはできない。例えば、前記二掲記の駐車場用貸地の売買の事例で、買受人が転買人に同様に賃貸借を承認することを条件としたうえ、それを前提とする価額で、即ち前記の特約、賃貸借の制限のない場合の土地の時価よりも低い価額で売却しても、その差額が転買人に実質的に贈与されたものと評価することはできないことは明らかである。
五そうすると、控訴人の本件土地の買受及び売却に関して本件事業年度の益金の額に算入すべき収益の額は計四億五二四四万八七九〇円、損金の額に算入すべき原価の額は計三億九九七一万二九三〇円であつて、この点に限つた差益金は控訴人が申告したと同じ額である五二七三万五八六〇円となる。他に控訴人に確定申告額以上の所得があつたことの主張、立証はないから、被控訴人の本件更正処分と過少申告加算税決定処分は取消されるべきである。
よつて、控訴人の請求を棄却した原判決を取消したうえ、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(上田次郎 広岡保 井関正裕)